誰が誰から一本とった? | GB徳島 柔術 格闘技 護身術

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Who Tapped Who in Training?

「誰が誰から一本とったか」は道場で最も熱い話題であるが、それと同時に道場にとって有害な慣習にもなり得る。

みんなの興味を否定することになるが、練習仲間とスパーすることと、試合相手とマッチアップすることは同じではないのだ。

全ての格闘技にはランキングがある。

・この選手はこの選手より強いか?

・ファンはトップ選手同士が戦うった場合どちらが優勢かが知りたい。

・道場にて身体能力の高い青帯のパスガードは、テクニカルな紫帯のガードを破ることができるのか?

もしこれらが道場で自然なことなら、なぜ有害なのか?

なぜならその考えは「競争」とは対極にある「練習」の重要な要素を無視しているからだ。

超上級者は道場での練習と試合へのアプローチの違いを分かっている。

プロのMMAのキャンプでは練習にて誰が誰を倒したなどといった噂話は強く防止している。

練習でのミスは、大会決勝戦のミスとは違うのだ。

練習では新しいテクニックを試し、自分の戦いに追加できるかを知る時である。

また練習とは特定のポジションで怪我をしないように制限して行うものである。

練習は経験の浅い相手にトップや良いポジションを与え「楽しくやる」ことでお互いに楽しく、実りのある練習ができるようになる。

パートナーに良いポジションを与え、エスケープの練習をするのもまた練習だ。

練習は試合レベルでの「どちらが強いか」を正確に反映しない。

例えば、上級者でこういう人を見たことはないだろうか?

レスリングのスキルを持っているがオープンガードの練習をしている。

真剣勝負なら素早く立ち技に戻ってトップポジションを取り返すことも可能だろう。

しかしこの人はゲームの一部を改善するためにあえてオープンガードを練習しているのだ。

レスラーがバックをとられたり、パスされるのを驚きとともに見る初心者がよくいる。

しかし、これは練習に過ぎないのだ!

自分の経験上からの話をここですると、青帯のころパワフルでスキルの高い「ビースト」と呼ぶべきトレーニングパートナーがいた。

彼は数週間の間、私にとって道場でのタフな兄のような存在であった。

彼のオフェンスゲームの前に私は防御を強いられいつも得意のアームロックでよく極められていた。

彼はある日、アームロックで1000回タップをとる代わりに膝十字を試し始めた。

その時点では、彼の膝十字は高いレベルではなく、私はカウンターのアンクルロックで何回かタップをとることができた。

そしてスパーの後、何人かの生徒が「ビースト」からアンクルロックでタップをとったことを祝ってくれた。

しかしながら彼が得意な形に戻れば、すぐに1001回目のアームロックをとることができたはずだ。

アンクルロックが唯一、私がタップがとれる技だったが彼は自分の苦手な形にトライすることでそれを「させて」くれたのだ。

練習では新しいことにチャレンジしなければならない。もしほかの生徒が誰が誰からタップをとったなどとゴシップ話に花を咲かせていたら、それは挑戦することを恐れる悪い文化を作り上げることになる。

他の生徒の噂話を気にして、練習での負けを恐れることはあなたの柔術のスキルアップに有害です。

私が新しい生徒によく言うように、練習は練習に過ぎないのだ。

 

>>柔術の練習でやめたい4つのこと

 

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