マスター・カーロス・グレイシーJr.インタビューPart2 | グレイシーバッハ徳島 ブラジリアン柔術 格闘技

Part1
マスター・カーロス・グレイシーJr.インタビューPart1
の続き

マスター

「これから自分の通ってきた道、いかに柔術を習ったか、そしていかに全てが起きたかについて話します。

グレイシーファミリーの関心事の中心は柔術でした。
誰が一番才能があるか、誰が一番努力しているかなど。
16才になった者はリオデジャネイロに行き、グレイシーアカデミー
のアシスタントもしくはインストラクターになりました。
道場がファミリーの収入の中心であったからです。
子供達はテレゾポリスの家で遊び、トレーニングし、勉強し、柔術を学んだのです。
叔父エリオがまとめ役となって子供に柔術を教えていました。
エリオがファミリーに柔術を教えるヘッドインストラクターで、
父カーロスは既にリタイアしており、当時は既にクラスを教えていませんでした。
父は礼儀を教えたり、精神的、教育的な部分の世話をしていました。
生活の中で我々がどういう態度、ふるまいをすべきかなど。
柔術のトレーニングの部分のみに夢中にならないよう指導していました。

自分にとって最初の柔術の先生はエリオでした。
エリオが長となりいかに練習すべきかの方向性を示していました。
しかしリオのグレイシーアカデミーでクラスを教えていたメインは
兄ホーウスと従兄弟のホリオンでした。
エリオは何が良くて、何が悪いかを正しに道場へ来ました。
いかに練習すべきか、いかに人として振舞うべきか、
道着は常にきれいにしておかなければならないなど
道場が機能的に運営できるよう、厳格にチェックしにきました。
しかし毎日練習でトレーニングし、柔術を習ったのはホリオンとホーウスでした。
彼らからは多くのことを学んだし、多くの借りがある。
彼らのような最高の先生から柔術を習った私はラッキーな人間だと思います。

しばらくしてホリオンはアメリカに移住しました。
ホーウスは道場を離れて別の町に自身の道場を開きました。
ホリオン、ホーウスにかわって私とヒクソンがグレイシーアカデミーの
メインのインストラクターとなり数年間、そこでクラスを指導しました。
その後、私もグレイシーアカデミーを離れ、兄ホーウスの道場を手伝い始めたのです。」

道場

「ある週末…兄ホーウスがハングライダーに出かけ岩に衝突して死んだという知らせを受けました。

予期せぬ出来事でした。

みなが突然のことに大きなショックを受けました。
なぜならホーウスはずば抜けたカリスマ的存在であり、皆に大きな影響を与え当時のブラジルの柔術界を牽引し、
皆の尊敬を集めていた偉大なリーダーであったからです。
全ては突然に起こった。彼は道場、二人の息子を含む家族を残し、30歳弱でこの世を去ったのです。

道場はリーダーを失い、誰が後任になるのかを聞いてきました。
彼の妻から私に電話があり「あなたが後任になってほしい」と伝えられました。
兄のホブソンも私が適任であろうと言いました。
最終的には生徒達が会議し、私が呼ばれました。
「あなたがここに来て指導することが、道場が存続できる唯一の方法だ。
あなたはここでずっと指導していたから、他に道場を守れる適任者はいない」
私は数年間クラスを教え、道場の再構築に力を注ぎました。

その後、道場のあったコパカバーナより環境が良く、安全な場所に移動することにしました。
そういう理由がありバッハ・ダ・チジューカに移転したのです。
新しい場所ではより地域に密着した道場にしたかったので、名前をグレイシーバッハとしました。
なぜなら当時、従兄弟や甥の多くも私と一緒にトレーニングしていたので
道場名をカーロス・グレイシーJr.にしたくはありませんでした。
皆が好んで一緒になれるグループに価値を置きました。
グレイシーバッハとは一個人ではなくグループにフォーカスを与えたネーミングです。」

挑戦

「グレイシーバッハは成長し続けた。多くの生徒は黒帯になり、彼らとは10年~15年と
一緒にいます。そういう意味でこれらの生徒達との関係はファミリーと言えます。
自分の家族以上に彼らとは時間を過ごしてきたからです。
今日、グレイシーバッハは世界中に広がる大きな組織となり
彼ら生徒達が自分の哲学や信念を引き継ぎ、
組織の重要なポジションで働けるよう準備しなければなりませんでした。
彼らには私がグレイシーバッハの内部で作りたかった精神を傷つけることなく
私の仕事を引き継ぐ能力があります。
私が父や先人達から学んだ全ての知識、私がたてたビジョンや目標を生徒達に伝えることができました。
だから彼らの活躍が現在の組織およびブラジリアン柔術界の発展を牽引しているといえます。
この手法は私の父がエリオに柔術界を託した時に学んだ。
父はエリオを呼び「エリオ、今日からお前が柔術が発展のためのリーダーだ」と伝えた。
なぜそうしたかというと、父はエリオの人格をみて、エリオこそこの仕事を託すに最適な人物だと判断したからです。
エリオは偉大な選手であり、柔術を発展させた偉大なリーダーで、
彼が強敵と戦うことが柔術の発展に繋がりました。

グレイシーバッハが大きくなり、数多くの道場が増えはじめたときに、私は自分自身に問いました。
「私が各グレイシーバッハ道場にいられないのにどういしたからいいんだ?」
グレイシーバッハは世界規模の大きな組織になり、私はほとんどの道場には訪れたことがない。
「どうすればインストラクター達に私の影響を与えられるのか?」
「どうすれば自分の教える技術を彼らに伝えられるのか?」
「どうすれば我々ののやりかたを彼らができるようになるのか?」
そこで私は自分の道場でやってきたこと全てを紙に書いてまとめる必要があると思ったのです。
そしてインストラクター達に全ての要素を練習に落としこめるよう教育しました。
なので今日のグレイシーバッハを見るに、キーパーソン達がカリキュラムやその他
のシステムを発展させることにより、世界中どこにいても同じようにグレイシーバッハのベネフィット(利点)が持てるようになった。
これが挑戦だ。思い返すに10年前だと考えられなかった。
一日一日、我々はゴールに近づいています。
グレイシーバッハの道場が世界の反対側にあっても100%繋がっています。
常に連絡をとり、同じ基準に沿うようになっています。
大きな挑戦は簡単なことではないです」

ビジョン

「今のブラジリアン柔術のビジョンについて語ると、スポーツ競技として5大陸まで広がり大きく発展しました。
世界中に広がり、グローバルスポーツになると同時にローカルスポーツにもなっています。
なぜなら各々の道場は地域を代表し、地域と密接な関係性を築いているからです。
これらのことが遠方で小さな都市に道場が存在することをも可能にしています。
情報発信地は大きな都市や大きな道場である。
なので情報の交換が柔術が発展、拡大を進める燃料だと思う。

その他をいえば、多くの指導者達は生徒への教育的な部分や、道場が属する地域への貢献に力を注いでいます。

これらは柔術の普及にとって非常にポジティブな部分です。

競技ではブラジル人が以前程、圧倒的ではなくなっていきていて
世界中色んな地域からワールドクラスのアスリートが輩出されています。
ブラジリアン柔術は調和的な発展をしていると言えます。

今日の自分の目標は、生きている間に世界中の各都市に柔術道場があるのを見ることです。
自分の仕事と献身の結果として、それを見ることができればと思います。」